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ご挨拶

 平成13年度より5年間の計画で、文部科学省の科学研究費補助金による特定領域研究「我が国の科学技術黎明期資料の体系化に関する調査・研究」(略称「江戸のモノづくり」)というプロジェクトがスタートいたしました。この「江戸のモノづくり」プロジェクトは国立科学博物館を拠点として、全国各地の大学、博物館、図書館から約500名ほどの研究者が参加し、幾つかの研究グループに分かれて、多様なアプローチから日本の「近世」科学技術史、ひいては日本文化史の見直しを図りつつあります。

 「江戸のモノづくり」プロジェクトの正式名称の中に「科学技術」という言葉はありますが、すべてを科学史、技術史の方面から研究していくというわけではありません。非常に多種多様な専門領域からメンバーが参加しています。試みに何人かのメンバーのバック・グラウンド(専門分野)を列挙するだけでも次のようなものがあります。和算史、天文学史、本草学史、蘭学史、洋学史、医学史、民俗学、芸能史、国語学、美術史、産業技術史、保存科学、分析化学、海事史、鉱業史、冶金学、貿易史、海外交渉史、造園史、建築史、農学史、情報学、銃砲史、各地域史、制度史、各種工芸技術史、等々です。恒常的にこれだけの分野の専門家がが一堂に会する共同研究というものはおそらく前代未聞であろうと思います。各分野の専門家がこれまで全く想定すらしなかった研究の連携相手を見出すことが「江戸のモノづくり」内では現実のものとなりつつあります。

 では一体、この「江戸のモノづくり」は何をしようとしている研究プロジェクトなのでしょうか。一言で言えば、それは、日本の近世という時代の総合的な再評価ということになるでしょう。21世紀を迎えるに至るまで、日本は紆余曲折を経ながらも近代化の道を突進してきました。しかし、突進してきた先に待っていたものが「混迷」であったことは、頓に我々が意識しているところでありましょう。時代を覆う「閉塞感」は隠しようがありません。一方で、もう一度原点に戻って、何かを反省しなければならないのではという思いは社会に漠然と広がっているのではないでしょうか。その立ち戻るべき所として我々は「江戸のモノづくり」というプロジェクトの枠組みを設定したのです。「近世」という時代を漠然と回顧するのではなく、その時代に現れた文献資料(書籍、記録、文書等々の文字資料)と器物資料(道具、遺跡、美術品等々の非文字資料)の双方を研究対象とし、可能な限り多様なアプローチを駆使して新しい時代像を提示するのがこのプロジェクトの理念です。ともすると文献資料の分析に偏りがちであったこれまでの研究スタイルは、器物資料の相対的な軽視を伴い、全国各地の収蔵庫に未整理の器物資料を山積させたままという状態を招きつつあります。両者(文献資料と器物資料)を相互補完的に扱うことが出来るならばそれに越したことはないわけです。現に様々な成果、新発見がこのプロジェクトから生まれつつあります。

 さて、この「江戸のモノづくり」プロジェクトは研究者たちがその専門分野に埋没して研究に没頭するということばかりを目指しているのではありません。日本の文化そのものを見直すという作業は、必然的に「地域」の歴史を見直すという作業も伴います。これまでの「中央」を基準にした歴史ではなく、「地域」の側から日本史を見直す、さらに、各「地域」同士が連携をして歴史や文化の見直しを進めていくことが重要になって参ります。「近世」という時代、日本各地に「地域」の文化を担ったそれぞれの科学技術がありました。それはある意味で、極めて「地方分権」の行き届いた社会でもあったのです。それら地域の科学技術の歴史の実態を探ること、また、文化の「地方分権」の様子を過去に尋ねることで現代社会をとらえ直すという試みは、今その地域に住んでいる人々、その地域に関心を持っている他の地域の人々とが取り組むべき重要な課題であろうと思います。このような作業も、「江戸のモノづくり」の重要な任務の一つと考えています。既に我々はその様な試みを石川県、山口県、佐賀県、宮城県、滋賀県などで実践して参りました。いずれも地元の人々と「江戸のモノづくり」のメンバーが連携をすることで大きな成果を上げています。

 このように全国各地で活動を展開している「江戸のモノづくり」プロジェクトでありますが、今回、京都の有志の皆様のご協力をいただきまして、角倉一族に関するフォーラムを立ち上げることができました。近世における「京都」という町の存在はあまりにも巨大すぎて、一言で語り尽くせるものではありません。この都市の歴史をひもとくことは至難の業でありますが、我々は近世最初期の豪商・角倉一族の活動に着目し、いわば近世京都の「グラン・ドデザイン」を描くことのできた文化人・技術者集団としての角倉一族の事績を再評価しようと構想いたしました。南蛮貿易を推進した豪商角倉一族は、京都の文化のパトロンとしてった一方で、一族の中からは医師、算術家も輩出していました。さらには京都の水利事業をも手がけ、いわば技術者集団の「棟梁」的な性格も持っていたのがこの角倉一族でした。近世初期の京都という町がこの一族を生んだのか、あるいはこの一族がいたからこそ近世の京都が新しい歴史的局面を迎えたのか、評価は一概に定まらないでありましょうが、いずれにしましても、我々はこの角倉一族についてもっと様々な角度から再評価をしなければならないことは確かでしょう。この一族の持っていた「多面性」を明らかにすることで、近世初期、そしてそれ以後の京都の姿が浮き彫りにされることになろうと思われるからです。

 今我々はその最初の試みとして、シンポジウム「江戸初期における京都の技術力 −角倉一族の活躍−」を企画いたしました。算術、土木技術、嵯峨本などなどを話題としたこのシンポジウムが、近世初期の京都を、文化史と技術史を横断する新しい視点から再評価するきっかけとなることを願っています。本シンポジウムは「江戸のモノづくり」の中に幾つかある研究班の内、A01班とA05班が共同して開催いたしますが、あくまで主体は京都の地元で活動されている多くの方々であります。本シンポジウムの計画段階から数多くの皆様のご協力、お力添えをいただきました。また後援いただきました諸団体の関係各位にも、この場を借りて御礼を申し述べさせていただきます。今後もこの活動の輪が広がり、京都という地域文化の見直し、そして新しい「文化」が創造されていくことを願ってやみません。
(「江戸のモノづくり」A01班/電気通信大学 佐藤賢一)



講師の紹介


山田 慶兒(京都大学名誉教授)
テーマ:『世界の中の角倉一族」』
 1932年福岡県に生まれ。京都大学大学院文学研究科(西洋史学専攻)修士課程修了。現在、京都大学名誉教授。
 1988年には第15回大佛次郎賞受賞(『黒い言葉の空間』に対して朝日新聞社より)、1990年には第1回A.L. Basham Madal((中国医学史研究に対して、International Association for the Study of Traditional Asian Medicine. より)、1997年には第13回技術科学図書文化賞を受賞(『復元水運儀象台』に対して日刊工業新聞社より)。主な著書に「未来への向い─中国の試み」(筑摩書房)「混沌の海ヘ─中国的思考の構造」(筑摩書房)「朱子の自然学」(岩波書店)「科学・技術の近代」(朝日選書)「制作する行為としての技術」(朝日新聞社)「本草と夢と錬金術と─物質的想像力の現象学」(朝日新聞社)などがある。


小林 龍彦 (前橋工科大学教授)
テーマ:『「塵劫記」と「利得算法記大成」』
 1947年高知県生まれ。71年法政大学卒業。現在、前橋工科大学大学院工学研究科教授。
 主な著書・論文に「和算家の生涯と実績」(共著 多賀出版)「幕末の偉大なる和算家・その生涯と実績」(共著 多賀出版)などがある。


荒木 光(京都教育大学教授)
テーマ:『 塵劫記と算盤』
 京都府出身。京都大学大学院農学研究科博士課程単位修得修了。現在、京都教育大学教授。他に環境教育学 環境経済学 商業科教育社団法人全国珠算教育連盟学術顧問を務める。
 主な著書・論文に「農協運動の課題と方向」(共著 家の光協会)「緑茶の生産流通と農協」(協同組合奨励研究報告 お茶の水書房)「子どもをすくすく伸ばすそろばん」(共著 出版文化社)「そろそろソロバン」(監修 出版文化社)「塵劫記にみる農業計算に関する一考察」「三草結合教育と珠算」「農業経営と珠算塾経営」「計算事務科の今日的役割」「バラ珠利用によるシニアソロバンについての一考察」「環境問題と珠算教育」「環境教育と産業教育」「環境教育と商業教育」などがある。


林 進(大和文華館学芸員・神戸大学大学院客員教授 文学博士)
テーマ:『 角倉素庵 嵯峨本』
 1945年生。1972年神戸大学大学院文学研究科修士課程修了。2000年文学博士(神戸大学)。
 1971年財団法人大和文華館学芸部学芸員、2000年学芸部専任次長。現在に至る。2002年神戸大学大学院客員教授。日本美術史、陶磁史、漆工史、文化財保存学、博物館学、書誌学専攻。
 この三十年間、室町水墨画の重要な画家である雪村周継の作品調査と作家研究を行ってきたが、現在それをまとめた『雪村作品総目録』を刊行すべく準備を進めている。また一方、日本近世絵画を中心に絵画の内に潜む作者の深意を追求する新たな方法論の確立を目指している。2002年大和文華館の特別展「没後370年記念 角倉素庵 ─光悦・宗達・尾張徳川義直との交友の中で─」を担当した。
 主な著書に『高麗仏画』(共著 朝日新聞社)『雪村』(共著 講談社)『日本近世絵画の図像学─趣向と深意─』(八木書店)などがある。


森 洋久(国際日本文化研究センター)
テーマ:『角倉一族と京都の河川の開削について(映像と解説)』
 1968年米・ボストン市生まれ。東京大学理学系研究科情報科学専攻博士課程中退。
 同大学総合研究博物館助手を経て、1999年から現職。専攻は博物館工学。共著に「電脳強化環境」、論文に「GLOBALBASE:歴史研究におけるGIS」など。


平野 圭祐(「京都水ものがたり」著者)
テーマ:『角倉一族と京都の河川の開削について(映像と解説)』
 1970年京都市生まれ。ジャーナリスト。町家で暮らしながら、京都をテーマに取材活動を続けている。著書に「京都水ものがたり」(淡交社)、共著に「もっと知りたい!水の都 京都」(人文書院)がある。


福本 和正(滋賀県立大学工学博士)
テーマ:菖蒲谷隧道の規模と構造について
―石田孝喜:「菖蒲谷池と角倉隧道」の資料に基づく―
 1939年生まれ。京都大学大学院工学研究科(建築学専攻)修士課程修了後、建設会社研究室-中央研究所勤務。
この間、中部電力(株)の奥矢作揚水発電所建設、浜岡原子力発電所原子炉増設に関連して岩盤調査を担当。
 現在、滋賀県立大学工学博士、学科長兼専攻主任。


應矢 泰紀(京都精華大学 映像メディア研究所 研究員)
テーマ:菖蒲谷隧道の規模と構造について
―石田孝喜:「菖蒲谷池と角倉隧道」の資料に基づく―
映像「塵劫記と菖蒲谷隧道」
 1974年大阪府出まれ。京都精華大学大学院美術研究科 視覚伝達デザイン修了。
 現在、京都精華大学 表現研究機構 映像メディア研究所研究員。映像作家。日本、ドイツを中心にビデオアートやパフォーマンスアート、Webデザインなどの発表・制作を行う。主な代表作品として「MY SHADOW」「a circle」などがある。International short film festival (1996.ドイツ)、European Media Arts Festival(2000.ドイツ)他。